前回 の続き

※このシリーズ記事は、「店(主にスーパーなどの小売や飲食系)によって、なんでこんなに雰囲気に差があるんだろう」という疑問から始まった調査メモです。


前回は、誰かが場の状況を読んで先回りして対応することで、店や職場や社会の一部は保たれているのではないか、ということについて調べました。

まだまだ気になる点はありますが、社会について考え続けていても、一個人がその構造を変えられるわけではありません。それに、社会のことばかり気にしてもいられません。

最初の疑問(「店によって、なんでこんなに雰囲気に差があるんだろう」)の裏には、「私は特定の雰囲気を嫌だと思っている」「できれば、それを避けて暮らしたい」という、個人的な気持ちがありました。

店なら行かないという選択をするのは比較的簡単です。が、この気持ちの対象は、店に限りません。社会の他の場には、関わる、関わらないを選びにくいことが多々あります。

両極端の選択はしにくいとなると、折衷案はほどほどに距離を取ることです。「距離を取る」と言っても、仕事を辞める、人間関係を切る、社会から降りる、といった大きな決断ではなく、もっと軽めの方法はないのでしょうか。

この構造の中でどう関われば、摩耗せずにいられるのか。
あるいは、関わらないという判断は可能なのか。
距離を取ることは、逃げなのか、それとも戦略なのか

調査メモ① 「しんどい」は能力の判定ではない

何らかの「場」でしんどさを感じたときは、「自分の能力が足りないのでは」「みんなは普通にできているのに」と、正解をその「場」に置いて考えがちです。

しかし、同じ人でも場所が変われば、感じる負担は変わります

何を求められているかが明確な場では動けるのに、指示が曖昧な状況では一日中相手の意図を推測してしまう。静かな店では買い物を楽しめるのに、音や絵や文字や人の動きが多い店では、商品を選ぶ前に疲れてしまう。

このように、同じ人が同じことをしているときにどう感じるかは、その人が置かれた環境によって変わります。仕事のストレスに関する「人と環境の適合」という考え方では、「本人ができること、必要としていること」と、「環境が求めること、用意しているもの」との噛み合わせに目を向けます。そこにズレがあると、負担が生じやすくなるという見方です。[1]

たとえ場所を変えようが、そもそもの「感じやすさ」が強ければ、どこにいようが変わらない。そう感じてしまうかもしれません。

HSPのような高感度センサーを持った人は、世間一般では普通とされる場所でも壊れやすい。この説明は分かりやすくはありますが、救いがありません。生まれ持った特徴を後から大きく変えるのは難しいですが、その特徴をどう捉えるかは変えられます。感覚処理感受性の研究では、好ましくない環境から強い影響を受ける人は、支援的な環境(その人が好ましいと感じる環境)からも大きな恩恵を受ける可能性があると、メリットと言えるようなことが指摘されています。[2]

綺麗事やただの詭弁かもしれませんが、「ここではしんどい」は、「私は普通に生きられないダメな人間なんだ」という能力判定ではありません。少なくとも、今の自分と今の環境の組み合わせでは、どこかに無理があるということを知らせる情報です。

調査メモ② 距離は0か100ではない

合わない環境への対応を、「耐えて残る」か「完全に去る」かの二択にすると、ほとんどの場合、耐える方を選ぶことになります。仕事も人間関係も、すぐに切れるものばかりではありません。

本来、対応方法にはいくつもの折衷案があります。場所そのものから離れるだけではなく、いくつかの要素に分けられます。

  • そこで過ごす時間を短くする
  • 関わる頻度を減らす
  • 引き受ける役割を狭くする
  • その場で返事をせず、あとから文章で返す
  • どの状態になったら離れるか、先に決めておく

苦手な店へ二度と行かなくても、生活上はさほど困りません。職場をすぐ辞められなくても、出なくてよい集まりへの参加を減らす、口頭だけの依頼を文章にしてもらう、非公式な調整役を毎回は引き受けない、といった変更はできるかもしれません。言うのは簡単ですが、不可能ではないはずです。

こうした変更をすることで、嫌な感情が起きる前提で耐えるのではなく、強い感情を起こりにくくすることができます。感情は表に出たあとだけでなく、その感情が生まれる前にも働きかけることができます。[3] 自分が参加する必要の薄い自由参加の集まりには出ないと決めたり(状況選択)、参加はするけど、議題を事前に共有してもらう、席を出口の近くにする(状況修正)といった調整方法です。

細かな工夫をするより、まずは避ける、去るという選択が必要なこともありますが、避け続けることで、徐々に行動できる範囲が狭くなる場合もあります。大事なのは、距離を取った結果、生活の選択肢が増えるのか、減るのかです。少し離れることで回復し、状況に応じて戻れるなら、それは逃亡ではなく調整です。しかし離れるほど怖さが増し、二度と近づけなくなりそうなら、別の方法も考えた方がよいのかもしれません。

距離は0か100ではなく、つまみを回すように変えられます。いきなり電源を切る前に、音量を下げられないか試してみてもよさそうです。

調査メモ③ 非同期を提案する

私は、その場で反応を求められるやり取りがあまり得意ではありません。

会議では、話の内容と同時に、誰が話したがっているか、この曖昧な決定はどういうことなのか、この発言で機嫌を悪くした人はいないか、といった情報まで気にしてしまいます。考えている途中に次の話題へ移り、終わってからようやく言いたかったことがまとまります。発言したとしても、後でそれとは違う結論に達することは日常茶飯時です。

メールなどの文章(非同期コミュニケーション)なら、受け取ってから考える時間があります。読み返せます。書き直せます。何が決まったかも記録に残ります。

コミュニケーション手段に関する理論では、情報を元に各自が考える過程(例: 事前の資料確認)と、意味や結論をすり合わせる過程(例: 会って話し合う)とでは、適した同期性が異なるとされています。複雑な情報を受け取り、吟味する場面では、見直したり編集したりできる非同期寄りの手段が役立つが、解釈を揃える場面では、素早く往復できる同期的な手段が役立つ、というものです。[4]

文章だけで何往復もしながら仕事を進めるより、数分だけ話した方が早いこともあります。既読スルーのような、反応が返ってこない時間が不安になったり、文章の細かな言い回しを深読みしすぎて、かえって疲れる人もいます。その場での反応が苦手な人は、みんな非同期にしたらいい、と一括りにはできませんが、どちらかといえば人と関わる前後に考える余白がある方が向いている、と感じるのではないでしょうか。

ここは電話が当然っぽい感じだから、と我慢せず、メールなど他の手段は可能か聞いてみると、意外と受け入れてもらえるものです。それでも、読み直そうが書き直そうが、後悔するコミュニケーションを取ってしまうことがあります。社会で生き抜くには、非同期どうこう以前に心の強さが重要そうです。まぁそんな強さがあったら、こんなことで悩んでいません。

調査メモ④ 評価軸を見えるようにする

空気への依存が強い環境では、何をすれば評価されるのかが曖昧です。

頼まれた仕事を終えるだけでなく、忙しそうな人を手伝う。場のノリに合わせる。上司が気に入るような言動をする。そうした行動は「気が利く」と評価されるかもしれませんが、ここまでやれば十分、というものではありません。

相手の存在を仕事から完全に切り離すことはできません。成果物だけ出していれば、どんな態度でもよいわけでもありません。それでも、評価の中心を見えるものへ近づけることはできます。何を出すのか。いつまでに出すのか。どの状態なら完了なのか。変更が起きたら誰が決めるのか。

役割の曖昧さと仕事の成果を扱った分析では、何を期待されているかが曖昧だと、仕事の成果に負の影響があるとされています。期待される内容は職種や評価方法によっても違うため、明確にすれば何でも成果が出るわけではありませんが、「察すること」を減らす意味はありそうです。[5]

評価軸を成果寄りにするのは、人格まで常に評価の対象にしないためです。「ちゃんと感じよく振る舞えたか」なんてことまで一日中採点していたら、反省会は寝るまで終わりません。寝ても終わらないかもしれません。

調査メモ⑤ 「読む力」を自分のためにも使う

場を読む力は、他人のために使われるものというイメージがあります。揉める前に話題を変える。足りないものを補う。誰もやらないことを引き受ける。場が丸く収まれば成功です。

しかし、いつも場を保つために使う必要はありません

「この仕事は、書かれている量より調整が多そうだ」
「この人は、微妙なニュアンスで頼み事をしてくる」
「この場所に二時間いると、帰ってから何もできなくなる」

そうしたことを早めに見つけ、近づくか、条件を変えるか、離れるかを決めるためにも使えます

働く人自らが、課題の範囲、人間関係、仕事の捉え方などを変える「ジョブ・クラフティング」という考え方があります。[6] 変更できる幅は立場や職種によって違うので、全部思い通りには変えることは無理だとしても、与えられた環境に自分を合わせるのではなく、自分が続けられるように関わり方を作り変える、という点は参考になります。

空気を和ませることが、「やらなければいけない仕事」だとしんどいですが、「ただこの場を楽しい空間にしたい」と思ってやるなら、同じ行動でも感じ方は違います。

どこから自発的にやったことで、どこからやらされているのか、本人にも分かりにくいという問題はありますが、そういうところにこそ「読む力」を駆使したいものです。

調査メモ⑥ 逃げ場は逃げる前に作る

距離を取るという選択は、選べる別の場所があって初めて成り立ちます。収入も、居場所も、評価してくれる人も一つに集中していると、そこがどれほどつらくても、離れることの損失が大きすぎます。

だからといって、「収入源を三つ作りましょう」などと言うのは酷な話です。一つを維持するだけでも大変です。社会と関わる範囲が増え、人間関係をいくつも持てば、そのぶん連絡や気づかいも増えます。

そんな大げさな複線化でなくても、逃げ場はつくれます。仕事と関係のない人との会話。行けば落ち着く店や場所。数日なら何もしなくてよい余裕を残す。今の仕事以外にも自分ができることを知っておく。どれも、すぐに人生を変えるほどのものではありませんが、今いる場所が世界の全てではないと確認できます。

逃げ場が役に立つのは、今の場所から離れられるからだけではありません。そこに使っていた力を、別のものへ向け直す余地が生まれるからです。

達成することが難しくなった目標に直面したとき、「①その目標への努力やこだわりを弱められるか」「②代わりになる目標を見つけてそちらへ力を向け直せるか」、という二つの傾向を調べた研究があります。[7]

大学生、若者と高齢者、病気の子どもを持つ親などを対象にした三つの調査では、達成できない目標から離れることや、別の目標へ関わり直すことが、ストレスの低減や人生の目的意識など、主観的な幸福感と関連していました。ただし、この研究だけでは、目標を調整できることが幸福感を高めるのか、もともと幸福感が高い人ほど目標を調整しやすいのかまでは分かりません。いずれにせよ、続けることだけを唯一の正解にせず、手放した力を別の方向へ向ける選択肢も持っておくことも大切です。

そう考えると、逃げ場は、今いる場所を捨てるためのものではなく、別の関わりを探し、そこへ少しずつ力を移すための足場とも言えます

逃げるというと、後ろめたい感じがしてしまいます。しかし建物の非常口は、火事が起きてから壁に穴を開けるのではありません。普段から出口が見えているから、安心して中にいられます。限界になってから逃げ場を探すより、まだ動けるうちに少しでも準備しておく方がよさそうです。

余談 違和感は警告機能

距離を取ろうとすると、「自分が過敏なだけでは」「合わせられない自分が悪いのでは」という疑いが出てきます。

反対に、一度「この環境はおかしい」と思うと、今度は起きることが全部、環境のせいに見えてしまうこともあります。

最初の違和感だけで、どちらが悪いかを決めることはできません。違和感は判決ではなく、その状況について何かを知らせるアラートです。アラートを無視して壊れるまで続ける必要はありませんが、アラートが鳴った瞬間、すべてを捨てる必要もありません。

同じことを繰り返していないか。その場所を離れると回復するか。特定の人や時間帯に限られるか。役割や連絡手段を変えると軽くなるか。寝不足や体調不良がある日だけ強くなるのか。そういった記録を残すと、「自分が弱いからだ」「あの場所が悪いんだ」という大きな認識を、対応できる単位へ分けられます。

何に反応したのかを確認し、自分と環境のどちらを、どのくらい変えられるか考える。その結果として離れるなら、それは衝動的な逃亡ではなく、検討したうえでの選択です。

とはいえ、本当にヤバかったら、そんな細かいこと言ってないですぐにでも離れたほうがいいとは思います。

ここまでのまとめ

距離を取ることは、社会を丸ごと否定することでも、山奥にこもって誰とも会わなくなることでもありません。

過ごす時間、関わる頻度、引き受ける役割、連絡手段、評価のされ方を調整することです。どの調整が合うかは、人と環境によって変わります。非同期が楽な人もいれば、会って話した方が楽な人もいます。静かな場所が落ち着く人もいれば、静かすぎると緊張する人もいます。

自分にとってちょうどよい距離がわからなくても、今いる場所に無理やり自分を合わせる以外に、自分が続けられるように場所との接点を変える、少しずつ別の関わりを探す方向もあります。

——まさか、店の雰囲気の話が、こんなところにつながるとは思いませんでした。

数か月前に無職になり、いろいろ考えた結果、最終的には無職期間のあまりの快適さに、「働きたくないでござる」の心が勝ち、しばらく個人事業をやってみることにしました。

請負仕事をたくさんこなすというより、社会との関わりを少なくし、自分で作ったものを通して、必要なときだけ人とつながる仕事を目指しています。(いや、最初はそんなこと考えてなかったけど……。)

振り返ってみると、自分なりに距離のつまみを回した結果だったように思います。無意識の防衛本能だったのかもしれません。

この選択がうまくいくかは、まだ分かりません。社会との接点を減らせば、収入も機会も減ります。個人での仕事は、会社員とはまた別の不安が増えます。というかこれはこれでしんどいものがあります。

——話がそれましたが、距離を取るというのは、どこか正解の場所へ一度で移ることではなく、自分が自然にいられる余地を取り戻すことなのかと思いました

次回予告

ここまでで、場の話、構造の話、社会の話、個人の話と、一通り巡ってきました。

最初の疑問が個人的なものなのだから、最後に自分個人の話へ戻ってきたのは、必然だったのかもしれません。

これ以上は脱線どころではなくなってしまうので、ここで一区切りにしようかと思いましたが、せっかくなのでもう少し、私個人にとっては先のことも調べてみます。

社会との距離を調整すれば、摩耗を減らせる可能性はあります。では、それで空いた力を何に使い、どんな働き方を続けていけばよいのでしょうか。前に出て、強く主張し、自分自身を見せ続けることだけが、生き残る方法ではないはずです。

次回は、静かな人がこの社会でどう生き残っていくかについてです。

シリーズ一覧

#01 | 店の空気はどこから来るのか

#02 | 同じチェーン店でも空気が違う理由

#02.5 | なぜ「注意貼り紙」が多すぎる店は荒れて見えるのか

#03 | 店の空気はどこまで設計できるのか

#04 | 社会は「読める人」を前提にしている

#05 | 距離を取るという選択 ←今ここ

#06 | 静かな人の生き残り方

脚注

  1. Robert D. Caplan, R. Van Harrison, “Person–Environment Fit Theory: Some History, Recent Developments, and Future Directions,” Journal of Social Issues, 49(4), 1993, pp. 253–275. https://doi.org/10.1111/j.1540-4560.1993.tb01192.x

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  2. Corina U. Greven et al., “Sensory Processing Sensitivity in the Context of Environmental Sensitivity: A Critical Review and Development of Research Agenda,” Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 98, 2019, pp. 287–305. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2019.01.009

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  3. James J. Gross, “The Emerging Field of Emotion Regulation: An Integrative Review,” Review of General Psychology, 2(3), 1998, pp. 271–299. https://doi.org/10.1037/1089-2680.2.3.271

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  4. Alan R. Dennis, Robert M. Fuller, Joseph S. Valacich, “Media, Tasks, and Communication Processes: A Theory of Media Synchronicity,” MIS Quarterly, 32(3), 2008, pp. 575–600. https://doi.org/10.2307/25148857

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  5. Travis C. Tubre, Judith M. Collins, “Jackson and Schuler (1985) Revisited: A Meta-Analysis of the Relationships Between Role Ambiguity, Role Conflict, and Job Performance,” Journal of Management, 26(1), 2000, pp. 155–169. https://doi.org/10.1177/014920630002600104

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  6. Amy Wrzesniewski, Jane E. Dutton, “Crafting a Job: Revisioning Employees as Active Crafters of Their Work,” Academy of Management Review, 26(2), 2001, pp. 179–201. https://doi.org/10.5465/amr.2001.4378011

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  7. Carsten Wrosch, Michael F. Scheier, Gregory E. Miller, Richard Schulz, Charles S. Carver, “Adaptive Self-Regulation of Unattainable Goals: Goal Disengagement, Goal Reengagement, and Subjective Well-Being,” Personality and Social Psychology Bulletin, 29(12), 2003, pp. 1494–1508. https://doi.org/10.1177/0146167203256921

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