「店によって、なんでこんなに雰囲気に差があるんだろう」
買い物に行ったとき、たまに感じる、長年の疑問です。
同じような商品を売っていて、建物のつくりもそこまで違わない。だけど、なんとなく、客層というか買い物している客の雰囲気が違う、全体の空気感が変、よくわからんけどなんか違和感がある、という微妙な何か。
トイレ周りが荒れている。清掃が少し追いついていない。ゴミ箱が封鎖されている。何かあったのだろうか? 店舗側の運営の杜撰さだけが原因なのか? しかしそれだけでもないような……。
私が住んでいるのは車社会の地方なので、その店の近辺地域固有の問題だけではないかと思うのですが、どんな要因でそのような偏りを感じるのかよくわかりません。私が無駄に気にしすぎているだけなのか……。
先日、とあるスーパーでヤバい客三連チャンに遭遇したため、意を決して、長年の疑問に終止符を打つべく調査に乗り出しました。
調査メモ① 住所だけでは見えない、人の流れ
最初は、その店がある地域の違いの影響が大きいのかと思っていました。
地域といっても、その範囲の区切り方は様々です。市町村や町名で区切ってしまうと、実際の店の使われ方をうまく捉えられません。買い物をする人は行政区の境界に沿って移動するわけではなく、道路や駅、職場、学校、病院などをつないだ、それぞれの生活動線の中で店を選ぶからです。
小売店の商圏を考えるとき、単純な距離だけでなく、店の規模や魅力、周辺の競合、実際の買い物流動などを使って、どこから客が来るのかを推定します。[1] 地図の上では似た場所に見える二つの店でも、つながっている人の流れは同じとは限りません。
たとえば、住宅地から夕方に人が集まる店と、幹線道路を通る人が短時間だけ立ち寄る店では、同じスーパーでも利用の仕方が違います。駅や公共施設の近くなら、買い物そのものより、待ち時間や乗り換えの都合で入る人もいます。深夜まで交通量のある道路沿いなら、利用される時間帯も広くなります。
日常の買い物を目的とする人だけでなく、休憩、時間調整、トイレ利用など、さまざまな目的の人が交わるほど、店側が想定しなければならない使われ方も増えます。こういった人の流れがあるから、この特定の地域だからこうなっている、と簡単には言えません。
私が「店の空気」だと思っていたものの一部は、その店の特徴だけではなく、その周囲を通過する人と、そこに滞在する理由の組み合わせだったのかもしれません。
調査メモ② 店が用意する使い方と、客が求める使い方
店は商品だけでなく、「ここでどう過ごせるか」も提供しています。
ゴミ箱を屋外に置くのか、店内だけに置くのか。トイレをいつでも使えるようにするのか、時間帯によって閉めるのか。休憩できる椅子を置くのか、買い物をして出るだけの流れにするのか。
こうした小さな選択は、利用者にとっての便利さを変えます。便利さの違いは、その店を繰り返し使う人の違いにもつながります。
物理的な環境が、客や従業員の感じ方や行動に影響するという考え方は、「サービススケープ」と呼ばれています。[2] 照明の量や什器の配置などにより、サービスの価値を高めようというマーケティングの概念です。これは、環境によって人を画一的にコントロールできるというわけではありません。同じ明るさや通路幅でも、落ち着く人もいれば、せわしなく感じる人もいます。
サービススケープのことを気にしていないとしても、店ごとに、「ここは自分にとって使いやすい」「ここはなんとなく疲れる」という小さな判断ポイントがいくつもあります。それらが積み重なると、通い続ける人と、別の店を選ぶ人が少しずつ分かれていきます。
店が客を一方的に選別しているというより、店が用意した使い方と、客が求める使い方が互いに選び合っている。「選ぶ」というと意図的ですが、実際には「駐車しやすい」「トイレを借りやすい」「店員に話しかけられない」といった、ごく小さな都合、無意識の集合と言ったほうが近いかもしれません。
先日出会ったヤバい方々は、居場所を追われた流浪の民だったんですね……。
調査メモ③ 小さな反応が、次の使われ方をつくる
店の空気は、立地だけで完成するわけではありません。
ある場所に店ができ、そこを通る人が利用し始めます。運なのか必然なのかわかりませんが、やがて、ゴミが残される、トイレが汚れる、入口付近に人が長く滞在する、といった小さな問題が起きることがあります。そのとき店がどう反応するかによって、次の使われ方が変わります。
すぐに清掃される。置き場所が変わる。店員がさりげなく声をかける。あるいは、しばらくそのままになる。
この反応の積み重ねから、利用者は、ここでは何が普通なのかを読み取ります。人は、周囲で実際に行われていることと、周囲から求められていることの両方を手がかりに、自分の行動を決めることがあります。[3]
乱れた小売環境が、規範から外れた行動を起こしやすくする可能性を示した研究もあります。[4] もちろん、この一つの研究から、汚れた店では必ず客の行動まで悪くなる、とまでは言えません。それでも、放置されたゴミが単なる一つのゴミではなく、「ここはこういう状態の場所」という情報にもなりうることは、感覚として理解できます。
早い段階で反応が返ってくる場所では、問題が起きないというより、問題が小さいうちに元の状態へ戻される。反応がない場所では、少しずつ基準がずれていく。
私が見てきた店の差も、立地に運命づけられたものではなく、利用と反応の往復が積み重なった結果だと考えると、偏りがあったのも頷けます。しかし、放って置くと悪い状態に向かうのがデフォっぽいのは、なんとも寂しいものです。
調査メモ④ トイレとゴミ箱から、何を読み取っているのか
店のトイレやゴミ箱は、主要なサービスではないのに、その場所の管理状態がよく表れてしまうところです。
トイレが荒れているとき、認識されるのは汚れだけではありません。「しばらく確認されていないのではないか」「困ったことがあっても反応が返ってこないのではないか」という、管理の気配にまで及びます。
防犯環境設計では、人の目が届くこと、場所の境界や管理主体が分かること、適切に維持されていることなどが、安心感や犯罪予防に関わる要素として扱われます。[5] 監視カメラを増やしまくれば安心、というわけではありませんが、「誰かがこの場所で気を遣っている」と感じられれば、空間の印象は変わります。
ゴミ箱の封鎖も同じです。実際の理由は、家庭ごみの持ち込み、衛生管理、安全上の都合、回収負担など、店ごとに違うはずです。しかし説明なく封鎖されていると、その目の前の事実だけでなく、「何かあったのだろうか?」 と過去の出来事を想像してしまいます。
最近できた、ほぼ24時間営業の飲食店で、オープン後に隣の住宅との間に塀が設置されていました。しばらくしたら、さらに塀の高さが追加されていました。実際に何があったのか、私は知りません。ただ、その塀には、そこへ至るまでのやり取りを想像させる力があります。
貼り紙、閉鎖された設備、高くなった塀。どれも、それ自体が店の問題を証明するものではありません。それでも、目の前に残された痕跡から、その場所がどう使われ、どう対応されてきたのか、物語があるように感じてしまいます。
店の空気とは、現にそこにいる人や物だけでなく、過去の利用と対応が残した薄い残り香まで含んだものなのかもしれません。
ここまでのまとめ
どんな客が来るかなんて、もっと運ゲーに近いものだと思っていました。
実際には、店につながる人の流れがあり、店が用意する使い方があり、そこで起きたことへの反応があります。それらが少しずつ重なり、利用者が「この店はこういう場所だ」と感じる空気になっていきます。
その店の雰囲気だけで、その周辺地域や利用者について断定することはできません。私が感じた違和感も、表面の状態だけでなく、店の使われ方や管理の気配をまとめて受け取ったものだったのでしょう。
新しい発見はありましたが、まだしっくり来ていません。
ここまで調べたことで、更に疑問が湧いてきました。
次回予告
雰囲気が安定している店は、日々どのようなことをしているのでしょうか。
看板も品揃えも同じチェーン店で、雰囲気に差が出るのはなぜなのでしょうか。
次回は、設備やマニュアルだけでは揃わない、現場の運用と人の違いについて調べてみます。
シリーズ一覧
#01 | 店の空気はどこから来るのか ←今ここ
#02.5 | なぜ「注意貼り紙」が多すぎる店は荒れて見えるのか
脚注・参考
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Les Dolega, Michalis Pavlis, Alex Singleton, “Estimating Attractiveness, Hierarchy and Catchment Area Extents for a National Set of Retail Centre Agglomerations,” Journal of Retailing and Consumer Services, 28, 2016, pp. 78–90. https://doi.org/10.1016/j.jretconser.2015.08.013
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Mary Jo Bitner, “Servicescapes: The Impact of Physical Surroundings on Customers and Employees,” Journal of Marketing, 56(2), 1992, pp. 57–71. https://doi.org/10.1177/002224299205600205
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Robert B. Cialdini, Raymond R. Reno, Carl A. Kallgren, “A Focus Theory of Normative Conduct: Recycling the Concept of Norms to Reduce Littering in Public Places,” Journal of Personality and Social Psychology, 58(6), 1990, pp. 1015–1026. https://doi.org/10.1037/0022-3514.58.6.1015
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Saar Bossuyt, Patrick Van Kenhove, Tine De Bock, “A Dirty Store Is a Cost Forever: The Harmful Influence of Disorderly Retail Settings on Unethical Consumer Behavior,” International Journal of Research in Marketing, 33(1), 2016, pp. 225–231. https://doi.org/10.1016/j.ijresmar.2015.12.005
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National Institute of Justice, Resource Manual on Crime Prevention Through Environmental Design. https://nij.ojp.gov/library/publications/resource-manual-crime-prevention-through-environmental-design
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