前回 の続き

※このシリーズ記事は、「店(主にスーパーなどの小売や飲食系)によって、なんでこんなに雰囲気に差があるんだろう」という疑問から始まった調査メモです。


前回は、合わない環境と完全に縁を切るのではなく、時間、役割、連絡手段などを調整して、距離を取ることについて調べました。

これで、場、構造、社会、個人と一通り巡って、当初の疑問(店による雰囲気の差)の「なぜ」の部分はある程度わかったので、これで終わりにしようと思いましたが、想定外に変なところまで来てしまったので、ついでにもう少し進んでみます。

雰囲気を読むことに疲れて、社会から距離を取ったとしても生活は続きます。

人との接触を減らせば、摩耗は少なくなるかもしれません。その代わり、仕事の機会や収入まで減る可能性があります。個人事業なら組織の空気からは離れられますが、自分で判断し、自分で責任を取る場面は増えます。

距離を取ったらめでたしめでたし、というわけにはいきません。生き残るためには普通にお金が必要です。世知辛いです。

強く前に出るタイプではなく、場の空気を感じ取り、反応を押し留めて考え込み、気づけば周りのことばかり考えている(と自分では感じている)人は、どのように働き続けるとよいのでしょうか。

内向的だとか、HSPだとか、口数が少ないとか、そういう分類に当てはまる人に広く向けた内容にはならないかもしれません。必要なら前へ出ることもあるし、よく話す場面もあるけれど、常に自分を押し出し続ける働き方では消耗する。そういう矛盾を抱えた私自身のこれからについて考えてみます。

「生き残り方」というのは大げさですが、要は、どうすれば嫌にならずに(生き)続けられるか、みたいなことです。

調査メモ① 強み?は、あとから使い方が分かることもある

周囲の反応を気にしすぎる。細かな違和感を拾う。決める前にいろいろ考えてしまう。つい最近まで、そうした性質はどちらかというと、行動を遅らせる邪魔なものだと思っていました。

もっと心が強ければ違った結果が得られていたかもしれない。もっと早く自分に合う何かに出会えていたら違う人生になっていたかもしれない。今の知識を持ったまま当時へ戻る「強くてニューゲーム」ができたらと、たまに考えてしまいます。

今持っている知識や経験には、失敗したり、合わない場所に長くいたりした結果として得たものもあります。過去の出来事に、「今ならうまく対応できる」「なんであんなことができなかったのか」と感じるのは、いくらか成長している証拠かもしれないと思っています。

比較できる過去の場面が増えるほど、反応したあとに選べる行動も増えます。

成長とは、マイナスだと思っている自分の性質を消していくことではなく、それを扱う方法を増やすことなのかもしれません。人生の目標への取り組み方において「選択(力を注ぐ目標を絞る)・最適化(使える手段を磨く)・補償(足りない部分は別の方法で補う)」という考え方があります。若手の専門職を3年間追跡した研究では、こうした行動、とりわけ補償(達成に必要な手段を補う)行動が、3年後の仕事への満足や心の安定と結びついていました。[1]

「細かな違和感に気付く」性質は、ただ不安を増やすこともあれば、仕事の中で役立つこともあります。経験が増えるとは、自分に新たな能力を足すことより、どこで持っている性質を使い、どこでは別の手段で補うかを少しずつ知ることなのだと思います。

若い頃に邪魔だと思ったものが、必ずあとで役に立つようになるかはわかりません。年齢を重ねても、できないことも分からないことも山ほどあります。しかし、それらを邪魔だと判断した自分は、今の自分より正しい判断ができているのでしょうか。

馬鹿と鋏は使いよう……はちょっと違う気がしますが、場所や時期が変われば、使い道が見つかるものもありそうです。

調査メモ② 前に出ないことと、存在が見えないことは違う

個人で仕事を作ろうとすると、「まず発信しましょう」「自分の強みを打ち出しましょう」「顔と名前を覚えてもらいましょう」という話が出てきます。

確かに、いくらモノを作っても、まず存在を知られなければ仕事や売上にはつながりません。

外向的な人間になって、毎日のように自分の考えを発信し、反応を受け取り続ける、そんな働き方を想像すると、何かを作るより、「人前に出る自分」を作ることが主な仕事になってしまいそうです。

性格や特性と仕事の成果に関する分析では、外向性は、対人交流の多い管理職や営業職では成果につながる要素になりました。一方、誠実性は、より広い職種と評価基準に関係していました。[2]

この結果を見ると、外向性は要素の一部にすぎません。誠実さが広く影響していることからも、テンプレ的な理想のビジネスパーソンの特徴(ゴリゴリの高バイタリティ、強メンタル、コミット命みたいな)が、仕事で結果を出すための必須の条件ではなさそうです。

外向性が全てではないとはいえ、前に出ないことと、誰からも見えないことは違います

裏方の仕事は、問題なくできているほど存在を忘れられます。第4話で書いた、誰かが調整すると場の傾きが見えなくなる話のような感じです。これは外に向けた仕事でも同じかもしれません。

前に出る量は少なくても、仕事になるかわからなくても、たどり着ける場は維持しておく。成果物に名前を付け、作業内容や感じたこと、思ったことを記録し、外から見える状態にしておく。

人前に出ない働き方は、ずっと舞台の中央に立つのではなく、必要なときに見つけてもらえる場所へ明かりを置いておくようなものです。

調査メモ③ 個人を出さないのではなく、前面に出し続けない

人と関わる仕事で、「個人としての私」をまったく出さないことはできません。

文章にもデザインにも、その人が何を選び、何を省いたかが現れます。約束を守る、説明する、相手の事情を考えるといった行為も、成果物だけでは完結しません。

この文章は読みやすいか。このデザインの意図は伝わるか。このスプレッドシートは頼まれた目的を満たしているか。約束した締切に間に合うか。

相手への配慮や気遣いは、円滑な関係を維持するために欠かせません。だからといって、自分の感情や私生活や愛想まで、商品の一部にする必要はありません

仕事では、実際に感じている感情とは別に、その場で望まれる感情を表現しなければならないことがあります。接客中に機嫌よく見せる、不快でも穏やかに話す、といった「感情労働」です。接客業の方は本当に凄いと思います。

過去30年の研究をまとめた分析では、内側の感情を変えずに表情や態度だけを合わせる「表層演技(感じていることと求められる表現のズレ)」は、心身の負担と関係していました。[3]

誰でも、場面に応じて表し方を調整しています。問題は、その調整が仕事の中心になり、内側と外側のズレを一日中維持しなければならないときです。

成果物だけで評価される仕事に魅力を感じるのは、個人を出さずに済むからではなく、評価の中心に、個人ではない別のものを置けるように見えるからかもしれません。

とはいえ、個人で仕事をすると、今度は作ったものと自分の境界が近くなり、作品への反応を、人格への反応として受け取ってしまうこともあります。これは、前に出ようが後ろに居ようが、あまり変わらない気がします。難しいものです。

調査メモ④ 小さく、長く、嫌にならない

個人で仕事を始めると、短期間で大きく伸びた人の話が目に入ります。

売上、利用者数、フォロワー数。数字が増えることは、仕事が続くために重要です。利益がなければ、どれほど自分に合っていても事業にはなりません。

しかし、一時的に伸びることと、何年も続けられることは、別の問題です

持続可能なキャリアについての研究では、仕事を続けられるかを本人の能力だけの問題として捉えず、人、周囲の状況、時間の三つが影響し合うものとして考えられています。何を持続可能とみなすかについても、健康、幸福、生産性という複数の面から検討されています。[4]

本人が健康でも仕事が成り立たなければ続きません。売上があっても、毎日嫌で仕方がなければ長くはもちません。今は合っていても、生活や体調、技術が変われば、同じ方法が合わなくなることもあります。

続けるためには、働いている時間だけでなく、仕事から離れている時間も必要です。

仕事後の回復に関するデータをまとめた分析では、仕事から心理的に離れることは疲労の少なさと、余暇の使い方を自分で選べる感覚は活力と、とくに強く関係していました。[5]

休みは強制的に取るものではなく、次に仕事をするための工程の一部です。会社にいれば、終業時刻や休日が一応は外から与えられます。個人事業では、区切りが曖昧になりやすいです。ストレスを減らそうと社会との接触を減らしたのに、頭の中が二十四時間営業になっていたら本末転倒です。

私にとっての指標は、今のところ次の三つです。

  • 明日もできるか
  • 体調を崩さずに済むか
  • 嫌いにならずに続けられるか

「嫌にならない」は、かなり曖昧です。それでも、自分で選んだ仕事を、自分で二度と見たくないものにしてしまわないためには、売上とは別に見ておいた方がよい数字なき指標だと思います。

小さくても続ければ報われる、そんな綺麗事を鵜呑みにはできませんが、それでも、続けることに意味はあると思いたいです。というか、身体があまり強くないので、無理のない範囲で続けざるを得ません。

調査メモ⑤ 今、この時代

デザインやシステム開発、バックオフィスにマーケティングなど、予約の受け付け、代金の受け取り、案内の自動化といった、以前なら専門家や業者へ頼む必要があったものが、今は一人で既存のツールを組み合わせることで、(クオリティはともかく)形にすることができます。

画像を扱うアプリケーション、ウェブサービス、決済サービス、オンライン販売、生成AIなどの進歩は以前にも増して早くなり、個人で完結できる範囲を広げています。

生成AIの効果について、限定された仕事では実際のデータが出ています。カスタマーサポート担当者5172人を対象とした研究では、AIによる提案を利用できるようになると、一時間あたりに解決できる問題の数が平均で15%増えました。ただ、効果は一様ではなく、経験や技能の少ない担当者で大きく、熟練した担当者では小さい、あるいは逆に会話の質がわずかに下がる可能性も報告されています。[6]

経験や技能の少ない担当者ほど、補助効果が大きい点は、静かな人が個人で完結できる仕事の幅を広げていくにあたって、有用なデータです。実際、個人の実感としても、一人が扱える仕事の範囲は、日を追うごとに広くなっていっていると感じています。

このシリーズ記事も、最初はAIに「店によって雰囲気に違いを感じるんだけど、なんでなんでしょうかね?」と疑問を投げかけたところから始まりました。「AIは間違えることがあります」と注意喚起されているように、変な答えが出ることもありますが、0から進めるより取っ掛かりが多いのは確かです。

しかし、技術の進歩には負の面も付き物です。オンラインでの仕事の機会が簡単に生みだせるようになったことで、問題も起きています。デジタル労働プラットフォームで働く個人事業者への聞き取りをまとめたOECDの報告では、契約の透明性や確実性の不足、顧客との交渉力の弱さ、プラットフォームの外で顧客と関係を築きにくいことなどが課題として挙げられています。[7]

会社の空気から離れても、今度はプラットフォームの空気(評価、検索順位、規約変更など)や、よく分からないアルゴリズムの機嫌をうかがうことになるかもしれません。

技術は、人との接点を自分で選べる道具にもなりますが、新しい接点へ縛る仕組みにもなります。それでも、選択肢が増えたことは非常に大きいです。今のようなテクノロジーのない時代に生まれていたら、私のような人間はあっという間に淘汰されていたでしょう。

ここまでのまとめ

静かな人の生き残り方は、特定の職業よりも、働き方自体にありました。静かなままでうまくやれる職業もあるのかもしれません。しかし、どんな仕事にも、人とのやり取りや評価や、思いどおりにならないことはあります。個人事業にも別の面倒はあるし、便利な技術にも別の依存関係があります。

働き方には、前に出る量を減らす、得意なことに注力する、仕事から離れる時間を守る、道具で苦手な部分を補うといった方法があります。社会側で決められた一つの働き方へ自分を押し込むのではなく、自分が続けられる形を作る、個人側の生活設計でもあります

これは、一度設計すれば完成するものでもありません。店の雰囲気が、人や状況によって毎日生まれ直していたように、働き方も、体調、生活、技術、周囲との関係に合わせて調整し続ける必要があります。

その調整を自分でできることが、距離を取った先で得られる自由なのかもしれません。

最後に

店の雰囲気の話から始まって、気づけば社会や個人の話になり、最後は今の自分の状況にまで繋がったのは、調べている側からすると面白かったですが、まとまりが無くなってしまいました。

でも、似たような感じ方をしている人ももしかしたらいるんじゃないかと思い、記事化してみた次第です。これを読んで、わずかな違和感が言葉になったと少しでも感じてもらえたら幸いです。

元も子もありませんが、そもそも雰囲気とは、目に見えるものでも、はっきり定義できるものでもありません。同じ場所にいても、感じ方は人それぞれです。

雰囲気が生まれる場所は、どこかの店や、街や、空間ではなく、結局はそれを受け取る人の心の中にある、というのは安っぽいエンディングのようですが、そういう結論になってしまいます。

雰囲気を完全にコントロールしようとするのは無理があるし、「正しい空気」なんてものも、たぶん存在しない。雰囲気は曖昧で、人によって違って、扱いづらい。

でも、だからこそ「まぁ、しょうがないよね」と受け流して、自分にとって無理のない場所を選び直してもいいのだと思います。というか、今がしんどい人は取り返しがつかなくなる前になにか手を打ったほうがいいです。 まじで

僅かな救いは、どの場所に身を置くかについては、ある程度、選ぶ余地があるということです。合わない場所から距離を取る。落ち着く場所を拠点にする。それだけで、他の全てについても感じる雰囲気は大きく変わる。

「店によって、なんでこんなに雰囲気に差があるんだろう」という疑問は、それらの店が、何か無理をしているように感じたから、生まれたのかもしれません。

無理しても、いいことなんてあんまりありません。無理せず細く長く仕事して、いずれ晴耕雨読に昼寝付きの生活を送れるようになりたいものです。

シリーズ一覧

#01 | 店の空気はどこから来るのか

#02 | 同じチェーン店でも空気が違う理由

#02.5 | なぜ「注意貼り紙」が多すぎる店は荒れて見えるのか

#03 | 店の空気はどこまで設計できるのか

#04 | 社会は「読める人」を前提にしている

#05 | 距離を取るという選択

#06 | 静かな人の生き残り方 ←今ここ

脚注

  1. Bettina S. Wiese, Alexandra M. Freund, Paul B. Baltes, “Subjective Career Success and Emotional Well-Being: Longitudinal Predictive Power of Selection, Optimization, and Compensation,” Journal of Vocational Behavior, 60(3), 2002, pp. 321–335. https://doi.org/10.1006/jvbe.2001.1835

    本文に戻る
  2. Murray R. Barrick, Michael K. Mount, “The Big Five Personality Dimensions and Job Performance: A Meta-Analysis,” Personnel Psychology, 44(1), 1991, pp. 1–26. https://doi.org/10.1111/j.1744-6570.1991.tb00688.x

    本文に戻る
  3. Ute R. Hülsheger, Anna F. Schewe, “On the Costs and Benefits of Emotional Labor: A Meta-Analysis of Three Decades of Research,” Journal of Occupational Health Psychology, 16(3), 2011, pp. 361–389. https://doi.org/10.1037/a0022876

    本文に戻る
  4. Ans De Vos, Beatrice I. J. M. Van der Heijden, Jos Akkermans, “Sustainable Careers: Towards a Conceptual Model,” Journal of Vocational Behavior, 117, 2020, Article 103196. https://doi.org/10.1016/j.jvb.2018.06.011

    本文に戻る
  5. Andrew A. Bennett, Arnold B. Bakker, James G. Field, “Recovery from Work-Related Effort: A Meta-Analysis,” Journal of Organizational Behavior, 39(3), 2018, pp. 262–275. https://doi.org/10.1002/job.2217

    本文に戻る
  6. Erik Brynjolfsson, Danielle Li, Lindsey R. Raymond, “Generative AI at Work,” The Quarterly Journal of Economics, 140(2), 2025, pp. 889–942. https://doi.org/10.1093/qje/qjae044

    本文に戻る
  7. Karol Muszyński et al., “Entrepreneurial Opportunities and Working Conditions of Self-Employed Online Freelancers in the Platform Economy: Lessons from the COVID-19 Pandemic,” OECD SME and Entrepreneurship Papers, No. 45, 2023. https://doi.org/10.1787/ebc310de-en

    本文に戻る

DID YOU ENJOY THIS ARTICLE?

制作活動を支援する / Support my work

文章、アート、デザイン、個人開発を続けるための支援を、コーヒー一杯分から受け付けています。 / Help me keep making essays, art, design, and independent software.

Buy Me a Coffee