前回の続き

※このシリーズ記事は、「店(主にスーパーなどの小売や飲食系)によって、なんでこんなに雰囲気に差があるんだろう」という疑問から始まった調査メモです。


前回は、「店によって、なんでこんなに雰囲気に差があるんだろう」という疑問から、店につながる人の流れと、そこで起きたことへの反応を調べました。

調べていたら、チェーン店のことが気になりました。看板も、品揃えも、価格も、店内放送まで同じなのに、なぜか店舗ごとに雰囲気に違いを感じます。

チェーン店なら、本部が同じマニュアルを用意し、設備や接客の基準もガッツリ揃えているイメージがあります。それでも差が生まれるのは、仕組みを作ることと、その仕組みを運用することの間に、溝があるからのようです。

調査メモ① 安定している店は反応がある

雰囲気が安定している店は、秘密の技でどうにかしているわけではありません。

小さなゴミが長時間放置されない。困っている人がいれば声がかかる。入口付近に人がたまれば、追い払うほどではないけど、店員が一度そっちの方へ行く。

どれも、一つだけなら些細なことです。しかし、何かが起きたときに小さな反応が返ってくると、ここは誰かが見ている場所だと分かります。

サービススケープ[1]という概念があります。店舗の照明、音、配置、案内表示、従業員の存在などを、客と従業員の行動に関わる環境として捉える考え方です。また、防犯環境設計[2]では、自然に周囲を見渡せること、場所の境界や管理主体が分かること、きちんと維持されていることなどが重視されます。

ここでいう「誰かが見ている場所」というのは、監視カメラに囲まれているという意味ではありません。困ったときには助けてもらえそうで、変なことをしたらすぐ気づかれそうだという、人との関係がまだ切れていない感覚です。

安定している店では、ルールをすべて文章にしなくても、店の使い方がある程度伝わります。説明しすぎないけれど、必要なときには反応がある。そのバランスが、空間を落ち着かせているのかもしれません。

一方で、注意書きだけがどんどん増えていく店もあります。貼り紙が魔除けの札のように散りばめられている店がたまにありますが、あれはヤバい客対策しか見えなくなってしまった悲しい過去の集積なのかも――なんて考え始めると、少し切ないものがあります。

※この貼り紙問題は長くなったので、第2.5話で改めてまとめました。

調査メモ② 入口で受け取る最初の情報

店に入った瞬間、人は意識している以上に多くの情報を受け取っています。

入口は明るいか。レジや店員の姿が見えるか。通路はどこへ続いているか。奥に死角が多くないか。物があふれているか。必要なものが見つけやすいか。

こうした情報だけで、その後の振る舞いが決定するわけではありません。しかし「この店は急いで買い物をする場所なのか」「ゆっくり商品を見てもよいのか」「困ったときどうすればよいのか」を判断する手がかりにはなります。

音楽、香り、色といった店舗環境は、それらが買い物客の感情や評価、行動に影響しますが、その効果は一定ではありません。[3] 店づくりに万能の正解があるわけではなく、その店の目的や利用者との組み合わせは何パターンもあります。

ガンガン店員が近づいてくるアパレル店も、天井から監視カメラが何台もぶら下がっているドラッグストアも、店が「どう振る舞ってほしいか」を伝えています。

私はどちらも過剰に感じますが、それを手厚さや安心感として受け取る人もいます。客が店を選ぶとき、商品だけでなく、この最初の距離感も選んでいるのかと思います。

調査メモ③ 買い物の体験の作られ方

通路幅、商品配置、照明、音、座れる場所の有無は、店内での過ごし方を変えます。

必要な商品を探しやすく、買い物を終えたら自然に出口へ向かえる店は、買い物という目的のためには使いやすい場所です。一方、休憩席や広い共有スペースを設ける店は、買い物以外の滞在もある程度受け入れています。

買い物の流れを分かりやすくすることと、座る場所や立ち止まる場所をなくして人を留めないようにすることは、似ているようで違います。店の目的に合った誘導は必要ですが、滞在する人を最初から問題として扱えば、休憩が必要な高齢者や、連れを待つ人まで使いづらくなります。

案内表示を改善することで、混雑感や人の動きも改善されます。[4] 人に聞かなくても、どこへ進めばよいかが分かれば、流れは自然に整います。

一時期、コンビニやドラッグストアに休憩ゾーンのような場所が増えましたが、いつの間にか「なかったこと」にされているのをよく見かけます。感染症対策、軽減税率、管理負担、売り場の見直しなど、事情は店ごとに違うのでしょう。

椅子もテーブルもなくなったそのスペースは、もう何のための場所なのかはっきりしていません。しかし、そこに椅子を数脚置いてあれば、店が滞在を許容しているらしいことは分かります。

調査メモ④ 常連は、良くも悪くも場を変える

雰囲気のよい店には、同じ時間帯に現れるマナーの良い顔なじみがいることがあります。毎朝コーヒーを買う人。同じ時間に同じレジへ並ぶ人。店員と軽く挨拶をするけれど、それ以上は深く関わらない人。

こうした常連が店の秩序を守ることに貢献しているのでは? と思いましたが、一般化できるだけの根拠は見つけられませんでした。確かに考えてみれば、常連が多いことが必ずよい雰囲気につながるわけでもありません。常連同士の関係が強すぎれば、新しく来た人が入りにくくなることもあります。

なんとなく見覚えのある人がいる場所と、全員が完全に匿名の場所とでは、少し空気が違って感じられます。

誰かが見張っているわけではない。ただ、ここを日常的に使う人がいる。その気配によって、店が「今だけ利用して、後はどうなっても知らない場所」ではなくなるのかもしれません。

常連は店を守る警備員ではありません。しかし、店員と客のあいだに薄い関係性があると、問題が起きたときにも変化へ気づきやすくなります。私はそれを、無言の緩衝材のように感じていたのかもしれません。

調査メモ⑤ 同じ仕組みでも、同じにならない

チェーン店は、共通の看板、商品、設備、業務手順によって、どの店でも一定のサービスを受けられるようにしています。それが売りでもあります。

しかし、手順が同じでも、それを実行する条件(人員、混雑する時間帯、店の広さ、客、経験の共有)まで同じにはできません

同じスーパーチェーンの20店舗を対象にした日本の研究では、従業員が「この職場では顧客サービスが重視され」と感じる店舗ほど、顧客側もサービス品質を高く評価する傾向確認されています。なかでも、顧客の意見を集めて現場に返す仕組みとの関係が強く表れています。[5] また、ホテルやレストランを対象にした研究では、組織からの支援や従業員の仕事への前向きな関与が、よいサービス風土を通じて、顧客から見た従業員のパフォーマンスに結びつき、それが顧客ロイヤルティにもつながるという関係が示されています。[6]

ここでいうサービス風土は、単に「愛想のよい店員がいる」という話ではありません。顧客対応に必要な情報が共有されているか。よい仕事が評価されるか。問題が起きたときに相談できるか。忙しい時間帯に助けを求められるか。そうした、サービスを支える仕組みを従業員がどう感じているかという話です。

本部がマニュアルを用意しても、現場に読んで試して理解する時間がなければ活用できません。報告の仕組みがあっても、報告すると仕事が増えるだけなら、小さな問題は先送りされます。設備が同じでも、壊れたときに直せる予算や権限がなければ、店の状態は少しずつ疲れていきます。

下の人間にしたら、「事件は現場で起きてるんです!」とでも言いたくなりそうですが、決定権を本部だけに委ねればいいわけでもありません。現場は気づいたことを拾い本部に届ける。本部は現場が動きやすい余裕をつくる。そういうところまで含めての仕組みであり、それを作るのは組織全体の仕事です。……そうは言っても、これはただの詭弁感が強いです。

責任者の影響は大きいけど

責任者が何を優先するかは、店の空気に影響します。

小さな異変にすぐ対処するのか、売上につながる作業を優先するのか。クレームを恐れて何も言わないのか、相手を刺激しない形で声をかけるのか。感情的に叱るのか、スタッフの判断基準を揃えるのか。

現れた結果で、よい店長と悪い店長に分け、それは能力差によるものだと簡単に決めつけてしまうと、大事な部分を見落とします。

人手が足りず、欠勤の穴を埋めながら、発注もクレーム対応も新人教育も抱えていれば、店全体を細かく見る余裕は減ります。逆に、経験のあるスタッフがいて、判断に迷ったときに頼れる相談先があり、設備の修理や人員補充しやすいシステムがあるなら、同じ人でも結果に大きな差が生まれるでしょう。

客もヤバいし、スタッフも新人だらけ、責任者は常に穴埋め要員。想像しただけで胃に悪影響を及ぼしそうです。ベテランがいれば万事OKではありませんが、ある程度仕事を把握している人がいるだけでも安定感は出る……はず。

店長ガチャのように見える差の一部は、店長本人ではなく、その人に渡された手札の差の影響も大きそうです。

人が入れ替わると失われるもの

スタッフの入れ替わりも、店の状態に関わります。

いくつかの接客部門を対象にした研究では、自発的な離職率の高さと、顧客がサービス品質を低く評価することに、関連する傾向があるとされています。これは、その部署に新人が占める割合が高いほど強く表れています。[7]

いつも新人ばかりの店は雰囲気が悪い、なんてことはありません。新人でも丁寧な人はいますし、長くいる人が何でもうまくできるわけでもありません。長く居すぎた悪の御局みたいなベテランが場を支配している可能性もあります。

ただ、人が頻繁に入れ替わると、「この時間に補充しておいた方がいい」「今の時期は早めにブラインドを下げておく」「あのお客様にはこう対応するとトラブルにならない」といった、マニュアル化するほどでもない微妙な知識を引き継ぐのが難しくなります。

誰かの経験から生まれた細かな判断も、店の空気を支えています。

ここまでのまとめ、というか感想

雰囲気が安定している店は、すごく特別なことをしているわけではありません。何かが起きたときに反応が返ってくること。利用者が迷わず動けること。現場に判断できる余裕があること。経験が人から人へ引き継がれること。

同じチェーン店でも空気が違うのは、店舗ごとにうまくやれる人がいるかいないか、という単純な話ではありませんでした。共通の仕組みを、違う条件の中で、違う人たちが毎日動かしている。その小さな差が積み重なって、客が感じる空気になります。

チェーン店なら、もっとシステマチックにそういう部分をコントロールしているのかと思いましたが、雰囲気を生む細かな判断まで完全に標準化しようとすれば、現場はさらに窮屈になり、維持が困難になりそうです。

――それにしても、「客」ってのはなんでこんなにめんどくさいのでしょうか。人間がもうちょっとシステマチックになれるなら、話は簡単そうですが……。

次回予告

店長の話とか調べていると、なんだか悲しい気分になってしまいますが、ここで辞めるわけにはいきません。

店の雰囲気はある程度設計できるようですが、実際のところ、どこまで設計できるのでしょうか。第一印象でその後に大きな影響が出るなら、本部や経営者がそこを考慮していないとは思えません。

しかし、明確にターゲットを絞れるような業態でもなければ、雰囲気の設計といってもピンと来ません。来て欲しい顧客を絞ることが、間接的に雰囲気を作ることに繋がる? そもそも雰囲気を設計すると、何がどうなるのでしょうか。

次回は、雰囲気・空気感を「設計」すると起きることを整理します。

※貼り紙について考え始めたら長くなってしまったので、補足として第2.5話に分けました。
▶ なぜ「注意貼り紙」が多すぎる店は荒れて見えるのか

シリーズ一覧

#01 | 店の空気はどこから来るのか

#02 | 同じチェーン店でも空気が違う理由 ←今ここ

#02.5 | なぜ「注意貼り紙」が多すぎる店は荒れて見えるのか

#03 | 空気感を「設計」すると起きること

#04 | 社会は「読める人」を前提にしている

#05 | 距離を取るという選択

#06 | 静かな人の生き残り方

脚注

  1. Mary Jo Bitner, “Servicescapes: The Impact of Physical Surroundings on Customers and Employees,” Journal of Marketing, 56(2), 1992, pp. 57–71. https://doi.org/10.1177/002224299205600205

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  2. National Institute of Justice, Resource Manual on Crime Prevention Through Environmental Design. https://nij.ojp.gov/library/publications/resource-manual-crime-prevention-through-environmental-design

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  3. Holger Roschk, Sandra Maria Correia Loureiro, Jan Breitsohl, “Calibrating 30 Years of Experimental Research: A Meta-Analysis of the Atmospheric Effects of Music, Scent, and Color,” Journal of Retailing, 93(2), 2017, pp. 228–240. https://doi.org/10.1016/j.jretai.2016.10.001

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  4. Richard E. Wener, Robert D. Kaminoff, “Improving Environmental Information: Effects of Signs on Perceived Crowding and Behavior,” Environment and Behavior, 15(1), 1983, pp. 3–20. https://doi.org/10.1177/0013916583151001

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  5. 徐彬如、若林靖永「チェーンストアにおけるサービス風土が顧客の知覚品質に及ぼす影響――階層線形モデル(HLM)を用いた顧客レベル分析」『消費者行動研究』20巻1号、2013年、pp. 113–134. https://doi.org/10.11194/acs.20.1_13

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  6. Marisa Salanova, Sonia Agut, José María Peiró, “Linking Organizational Resources and Work Engagement to Employee Performance and Customer Loyalty: The Mediation of Service Climate,” Journal of Applied Psychology, 90(6), 2005, pp. 1217–1227. https://doi.org/10.1037/0021-9010.90.6.1217

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  7. John P. Hausknecht, Charlie O. Trevor, Michael J. Howard, “Unit-Level Voluntary Turnover Rates and Customer Service Quality: Implications of Group Cohesiveness, Newcomer Concentration, and Size,” Journal of Applied Psychology, 94(4), 2009, pp. 1068–1075. https://doi.org/10.1037/a0015898

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