前回 の続き
※このシリーズ記事は、「店(主にスーパーなどの小売や飲食系)によって、なんでこんなに雰囲気に差があるんだろう」という疑問から始まった調査メモです。
同じチェーンの二つの店を思い浮かべてみます。
看板も、商品の並び方も、店員の制服もだいたい同じです。片方の店では、売り場を一周して買い物を終えるまで、特に何も気になりません。もう片方では、所々で何か気になり、先に進むにつれ妙な感じがしてきます。
内装やマニュアルは本部で揃えているはずなのに、空気までは揃いません。
これまで調べてきたことを振り返ると、店の雰囲気は客にとってもスタッフにとっても重要に思えます。空気の違いが客の振る舞いや店の状態にも関係するなら、なぜチェーン本部は、雰囲気まできっちり設計しないのでしょうか。
最初は単純に、「そこまで手が回っていないのでは」と思いましたが、話はもっと複雑です。
そもそも、雰囲気はどこまで設計できるものなのでしょうか。空気感を設計しようとすると、実際には何を設計することになるのでしょうか。
調査メモ① 設計できるのは、空気ではなく条件
店を取り巻く物理的な環境(照明や音、温度、レイアウト、案内表示など)が、客だけでなく、そこで働く人の感じ方や行動にも影響を与えるという考え方があります。[1]
また、見通しをよくする、出入口を自然に分かるようにする、誰が管理している場所なのかを伝える、といった方法で、行動の起こりやすさを変える設計手法があります。[2]
例えば、入口のレジ付近に人が見える店と、入ってもしばらく人の姿が見えない店では、同じ買い物をするにしても受ける印象が違います。トイレが奥まった場所にあるのか、店の外側から入るタイプなのかでも、使う側の意識は少し変わるでしょう。
店舗の環境(音楽、香り、色などの刺激)と、顧客の満足感との関係は長く研究されており、音楽や香りのある環境は、ない環境に比べて、平均的には快さや満足感などが高くなる傾向が示されています。[3]
となると、雰囲気は一応設計できるような気がしますが、設計できるのは、雰囲気そのものではなく、雰囲気が生まれやすくなる条件の一部です。
雰囲気をつくるために、照明を替え、通路を広げ、音楽を流せば、その場に一定の空気感は生まれます。しかし、刻一刻と変わる状況により、その空気は簡単に上書きされかねません。様々な人がやって来るし、その日の混雑状況や、天候など、雰囲気に影響を及ぼすものは無数にあります。
設計するか、偶然に任せるかの二択ではありません。よく設計された店なら狙った空気を保てるのだろうと思っていました。しかし実際には、きっちり設計できるのは良くて毎日の出発点まで、と考えた方が近そうです。
雰囲気は設計図どおりに完成する製品ではなく、与えた条件と、そこで起きることの間から毎日生まれ直すもののようです。
調査メモ② 条件を決めると、歓迎する行動も決まる
明るい店内は、見やすくて安心だと感じる人もいれば、まぶしくて落ち着かないと感じる人もいます。静かな音楽は、誰かには心地よくても、別の人には気取っているように聞こえるかもしれません。
高級ブランドの店は分かりやすい例です。広い余白、少ない商品、静かな接客は、落ち着きや特別感を感じさせる一方で、一庶民には「用もないのに入ってはいけない場所」と感じられます。それは失敗ではなく、その店がどのような客を歓迎するかを、空間全体で伝えた結果でもあります。
店舗環境に関する研究でも、刺激(特定の色の照明や什器備品の配置など)を置けば自動的に同じ効果が出るわけではなく、刺激同士の組み合わせや、その場との相性が影響するとされています。[3]
雰囲気を整えることは、全員を一様に快適にすることではありません。ここでは、こう過ごしてほしいという方向を示すことです。
それを強く示せば、安心する人がいる一方で、窮屈に感じる人も出てきます。弱くすれば間口は広がりますが、今度は何をしてよい場所なのかが曖昧になります。
「感じのよい店にする」という言葉だけなら、誰にとってもよいことのように聞こえます。しかし、具体的な設計へ落とし込むと、どのような客に、どう過ごしてほしいのかを選ばざるを得ません。雰囲気を設計することは、店側が何を歓迎するかを決めることでもあるようです。
調査メモ③ 空間だけでは、営業中の乱れに応答できない
小売店を模した環境で行われた研究では、散らかった店内にいる人は、整った店内にいる人よりも、ルールに反する行動を選びやすくなる傾向が示されています。[4]
「汚い店では客が必ず悪さをする」というのは言い過ぎですが、床のゴミや放置されたカートなど小さな乱れが、単に見栄えを悪くするだけではなく、「ここでは決まりが守られていない」「守らなくても反応は返ってこない」という情報になりうる、という説明には納得できます。
「それならほどよく整えればいい」と、言うだけなら簡単ですが、そのほどよさが人によって違うのでそう簡単にはいきません。雰囲気の設計はオープン前に終わるのではなく、営業しているあいだ、ずっと続いていきます。
想定していた空気が崩れたとき、本部や管理者が各店舗へ配りやすい対策の一つが、貼り紙です。
ある施設の混雑した受付ロビーに、手続きの場所や方法を示す案内表示を追加したところ、訪問者の混雑感、不快感、怒り、混乱が減り、手続きにかかる時間も短くなったという研究があります。[5]
ここで追加された案内は、利用者を咎めるものではなく、次に何をすればよいかを教えるものです。分からないことが減れば、人は落ち着いて動けます。
貼り紙には、人の判断を支える情報を渡す紙と、本来なら人が返すはずだった反応を代わりに背負わされている紙があります。
表示の内容は重要な情報に絞ること、内容が理解できるかを確かめること、書かれた行動を実際に取れるようにすること、必要なら表示以外の方法で遵守を支えることなどが勧められています。[6]
「受付はこちらです」なら、読んだ人は次の行動へ移れます。しかし、「迷惑行為はおやめください」と書かれているだけでは、何が起きているのか、実際に店がどう対応するのか、曖昧なままです。
調査メモ④ 人はコピーできない
チェーン店が共通して各店舗へ配れるものはたくさんあります。
看板、什器、制服、マニュアル、清掃手順、貼り紙のテンプレート。形のあるものや、文章にできるものなら、コピーしやすいです。
一方で、細かな異変に気づく、適切に声をかける、相手を刺激せず行動を促す、といった場ごとの判断や応答は、同じようにはコピーできません。
声をかけるべきか迷っているうちに問題が大きくなることもあります。早めに動いたつもりが、相手には余計な干渉と受け取られることもあります。相手も状況も毎回違うので、あらゆる場面をマニュアルに書いておくことは不可能です。
かといって、そのへんは優秀な店員がいれば解決するだろうと、個人任せにするのは無理があります。
必要な人員や研修が用意され、従業員が仕事に力を注げる職場では、よいサービスを支える空気が育ちやすくなります。その職場側の空気が従業員の働きぶりを高め、客の「また利用したい」という気持ちにもつながっていました。[7]
従業員も人です。いくら個人でよい対応をしようと頑張っても、職場で期待され、支えられ、評価されていると感じられなければ、よほどの聖人でもない限り継続は難しいです。
現場の人が小さな異変に気づいても、声をかけたことで面倒が増えたり、上から責められたりするなら、次からは見なかったことにする可能性が高いです。雰囲気を作るには、反応しても大丈夫だと思える環境との組み合わせも重要そうです。
人の判断そのものはコピーできません。しかし、「反応しても大丈夫だ」と思える条件は、組織側で整えられます。空気感を設計するなら、内装だけでなく、現場が応答を続けられる仕組みまで設計の範囲に入ってくるのでしょう。
調査メモ⑤ 見えにくいものは、後回しにされる
雰囲気は数値化しにくい感覚的なものだから、店舗ごとの差が大きくなるのではないかと考えていましたが、雰囲気を計測しようとする試みは、さまざまな形で行われていました。[1][3] 数字にできないわけではないようです。
しかし、雰囲気単体を一つの数字として切り出すのは難しいです。
店の雰囲気を数値化するために、影響する要因を挙げていったら、そのリストは膨大になるでしょう(照明、音、商品の量、混雑、客の年齢性別、店員、天気、時間帯などなど)。数が多い上にその要因同士も複雑に重なりあっているため、売上が増えたのは、新しい陳列が良かったのか、店員が落ち着いていたのか、たまたま給料日だったのか、簡単には分けられません。
微妙な雰囲気の違いのおかげで問題が起きなくなったり、定期的に足を運ぶ人が増えたとしても、その効果が現れるまで時間がかかるうえ、成功したとしてもそれは何も起きない普通の日になってしまいます。
測れないから後回しになる、というより、どこまでを雰囲気への投資の成果だと考えるか決めにくい。そう考えると、人員や応答体制よりも、貼り紙やテンプレマニュアルのような、目に見えて各店へ配りやすい対策を選びたくなる理由も少し分かる気がします。
とはいえ、決められないからと有耶無耶にしてしまえば、営業中に生じる小さな乱れへの対応は現場へ残されます。空気感を設計しようとすると、最後には、見えにくいものにどこまで人や費用を割くかという難しい判断に行き着くようです。
余談 設計するのは誰か
内装を決め、マニュアルを作るだけでは店の空気は保てません。図面には描けない部分をどうするか、上の人間がそこをどう意識しているかで、結果は大きく変わる気がします。
店舗ごとに事情は違います。人手も予算も限られています。下手に介入すればかえって現場を混乱させるかもしれないし、きっちり整えたら「冷たい」「排他的だ」と感じる客が出るかもしれません。
外から見ているだけなら、何とでも言えます。店の裏側でどんなドラマが繰り広げられているのか、事実は小説より奇なりです。内部事情を知ったら、「トップ層の能力不足のせいでは?」なんて言えなくなりそうですが、それでも、使われる側の人間からしたら引っかかるものは残ります。
現場だけでは処理できない問題をどこまで支えるのか。何を店員個人の判断へ任せ、何を会社の方針として引き受けるのか。それを決めることまで現場任せにしてしまったら、本部は一体何を設計しているのでしょうか。
私がこれまで見てきた会社組織は、全体のごく狭い範囲です。経営者一般の性質を語れるほど、多くを知っているわけではありません。それでも、現場だけでは引き受けられない問題をどこまで組織が支えるのかは、経営側が避けて通れない設計の一部ではないかと思います。
「経営者で在るのであれば、超えてみせろ(イケボ)」 というのは厳しい要求なのでしょうか。……いざ上の立場になったら、「簡単に言いやがって」となりそうですが。
ここまでのまとめ
雰囲気は、まったくの偶然ではありません。照明、音、動線、案内表示など、雰囲気が生まれやすくなる条件の一部は、意図的に作れます。しかし、条件を揃えれば完成するものでもありません。
条件を決めることは、その店でどのように過ごしてほしいかを示すことでもあります。その方向を心地よく感じる人もいれば、窮屈に感じる人もいます。さらに、営業が始まれば、混雑やトラブルによって、最初に設計した条件は変化していきます。
変化する条件があったとしても、紙が情報を伝え、従業員が状況に反応し、組織がその反応を支える。客はそれらを見て、「ここではこう振る舞うらしい」と感じ取ります。そのやり取りが繰り返されて、ようやく店の空気らしきものが定着していきます。
同じチェーンでも雰囲気が違うのは、設計している店と、設計していない店があるだけでなく、設計した条件を、日々の小さな積み重ねでどこまで保ち続けられるか。その違いが、店ごとの空気として表に出ているかもしれません。
空気感の設計とは、空間の完成形を決めることではなく、営業中に生じるズレに誰が気づき、どう反応し、その反応を誰が支えるかまで考えることなのだと思います。設計した先にあるのは空間だけではなく、それを日々保つ人と組織の存在でした。
次回予告
ここまで調べたことで、「雰囲気」という言葉の見え方が変わりました。
店の雰囲気を保っているのは、内装や規則だけではありません。小さな異変を見つけ、「このままではまずい」と感じ、誰かが反応することも重要な要素です。
では、その「読む仕事」は誰が引き受けているのでしょうか。
店に寄っていた視点を引いていくと、職場や学校、地域でも、書かれていないルールを読んで動く人がいることで、場が保たれているように見えます。
次回は、社会と「読める人」の関係を整理してみます。
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