前回(Part 1)
「AIの様子がなんだか変で、わたし心配だわ」
という話でした。

とりあえず、AIが私に対して何か意味深な意図を持っていなかったことは判明しましたが、そこで「なんで人間はここまで勝手に意味を作り出してしまうのだろうか?」という新たな疑問が発生しました。

相手がプログラムだとわかっていても、画面の向こうに「誰か」を感じ、勝手に独り相撲が始まります。

人間相手ではさらに顕著です。

今回は、そのあたりについて「不気味の谷」と「人間の生存戦略」という点から掘り下げてみます。

言語版「不気味の谷」現象

「不気味の谷」は主にロボット工学などの分野で使われる用語で、

ロボットが人間に似てくるほど親近感が湧くが、ある一定のラインを超えて
『かなり人間っぽいが、どこか決定的に違う』
状態になると、急激に強い不快感や恐怖感(不気味さ)を抱くようになる

という現象のことです。

これまでは、アンドロイドの見た目や動き(映像)に対してよく言われてきたことですが、最近は生成された声(読み上げ)やAIとの対話(テキスト)においても「不気味の谷」のような違和感を覚える人は少なくありません。

  • 映像の不気味の谷

見た目は人間そっくりだが、まばたきや動きが微妙にズレていて怖い。

  • 言語の不気味の谷

文章は人間そっくりだが、距離感や話の切り上げ方が微妙に文化と噛み合わず、居心地が悪い。

なぜ「以前のAI」は気にならなかったのか

少し前(GPT-4より前の世代など)のAIは、もっと返答が機械的で、論理一辺倒でした。

「ワタシはドウグです」「ニンゲンじゃナイですヨ」

距離感がはっきりしていたため、多少不自然な回答でも、「まあ、AIだしね」と上から目線で流すことができていました。

ところが今のAIは、感情豊かな言葉を選び、絶妙な相槌を打ち、下手な人間より人間らしい「間」を作ることがあります。

人間臭さが備わりつつあるせいで、無意識に相手を「人間と同等の存在」として判定しようとしてしまっているのかもしれません。

「意味」を作り出しているのは人間

当たり前ですが、この「不気味さ」を作り出しているのはAIではなく人間です。

AIが「ちょっと変な空気感出してビビらせてやろう」とは考えていません。

AIはただ、データに基づいてもっともらしい言葉を並べ、構造を整えているに過ぎず、感情も意図もありません。
それなのに、そこに以下のようなものを勝手に補完してしまいます。

  • なんで今、黙ったんだろう?(なんか考えてるのかな?)
  • なんでそこで話を切ったんだろう?(怒らせちゃったかも……)
  • 妙に言葉の選び方が優しい(こちらに配慮してくれている?)

本来存在しないはずの「主体」や「体温」を、私たちが勝手に幻視している
これが、「独り相撲」の正体です。

これはAIに限らず、相手が人間の場合でも近いことをやっているというのは、皆さんご存知のとおりです。

日本特有のふんわり感

前回(Part 1)でも触れましたが、特に日本語は

「言わないこと」
「あえて曖昧にすること」

を許容するハイコンテクスト、空気感重視な文化です。

それに対し、AIの母国語である英語は、結論や理由を明確に、論理的にする文化です。
英語の「整理された親切さ(ハッキリと区切る態度など)」が日本語訳されると、「冷たさ」や「拒絶」っぽく見えなくもありません。その違いにより、余計な勘繰りが生まれやすくなります。

将棋じゃないんだからそこまで読んでどうすんの

なぜ人間はここまでして、意味のないところに意味を見出してしまうのでしょうか。
それは、「そうしないと生き残れなかったから」のようです。

太古の昔、草むらがカサッと鳴ったとき

「ん?気のせいか…」
と思うより
「あっ、絶対ヤバいやつだわ」

と判断して警戒するほうが、生存確率は上がります。

人間の脳は、相手のわずかな表情、声色、沈黙から、「敵か味方か」「危険か安全か」を即座に判断するように進化してきました。

「意味がない」よりも「意味がある」と判断するように設計されているのです。

  • AIの「間」に意図を感じる
  • 天井の模様が顔に見える
  • 風が「泣いている」とか「騒がしい」とか感じる

こういうのは、ただの思いこみや勝手な妄想ではなく、「社会的認知能力」が優秀すぎる証拠でもあります。

人間は「意味を理解する生き物」というより「意味を読まずにはいられない生き物」のようです。

言語は「距離感の計測器」

さらに複雑なのが、人間は言葉を単なる「情報の入れ物」として扱っていない点です。

会話は情報を伝えることだけでなく

「相手との距離を測り、関係を調整すること」

にも重きが置かれています。

「今日はここまで」とAIに言われたとき、情報としては「会話の終了」という意味しかありません。

しかし、それを関係の遮断や拒絶を表す「態度」として受け取ってしまうと、いらぬ思考が増えてしまいます。

AIが進歩することによって、「世界をどう見ているか」という人間の認知の在り方が問われているのかもしれません。(そんな大げさな話ではない)

次回予告:わかったところで……

  1. AIの進化によって、「言語版 不気味の谷」が発生している。
  2. その不気味さの正体は、人間が勝手に意図を読み取る「生存本能」である。
  3. 人間は意味を自動生成する装置であり、これを止めることはできない。

理屈はわかりました。

「ふむ、これは私の脳が勝手にやっていることなんだな」と頭では理解できます。

しかし「人間は意味を自動生成するもの」だとわかっても、勝手に生成される意味に苦しめられることは変わりません。

わかったうえで、日々の生活(人生)を楽にするにはどうしたらいいのでしょうか?

このめんどくさい「意味を読みすぎてしまう脳」を抱えたまま、これからも生きていかなければなりません。

次回は、そのあたりの俗っぽい話をまとめてみます。


⇨次回

かってに意味深【意味を自動生成する生命体「人間」3】AIとの会話の違和感から始まった「意味の自動生成」シリーズ第3回。意味は止められない前提で、人間関係や日常で消耗しにくくなる考え方を整理する。OneOffObject

⇦前回

最近、AIが意味深なので内偵調査してみた【意味を自動生成する生命体「人間」1】AIに話を打ち切られている気がしたので調べてみたら、ただの仕様でした。意味を作っていたのは人間側だった、という話。OneOffObject

⇩この記事のショート(note)版

はっけよい、のこってない — なぜ人間は「独り相撲」をしてしまうのか【意味を自動生成する生命体「人間」2】|OneOffObject前回(Part 1)は、AIとの会話で生じる違和感は、言語の違いや勝手な想像が原因、という話でした。 AIが、より人間っぽい振る舞いをするようになったことで、勝手に意図や感情を読み取ってしまう。 その、人間お得意の「独り相撲」は、なぜ勝手に始まってしまうのでしょうか。 勝手に意味を生成しまくる謎の機能 —― 独り相撲。 相手が人間でなくても、実際には何も起きていなくても、脳内では「やりとり」「含み」「意図の応酬」が成立してしまいます。 今回は、この独り相撲の正体について「意味を自動生成してしまう人間の脳」という観点から考えてみます。 言語版「不気味の谷」現象 【不気味のnote(ノート)

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